《私の主、私の神》   


Y.K


私は元エホバの証人でした。 今から2年近く前にふとしたことで知り合いのクリスチャンのKさんに自分がエホバの証人だったことをうちあけました。『エホバの証人』の組織を出てから10年近く経っていましたので、理解できないこともありましたが、キリスト教の教えはエホバの証人と似ている点がいくつかあったので比較的受け入れやすかったのです。2008年12月に教会に集い約10ヶ月で洗礼を受けました。 その後、洗礼を受けた教会がセルグループ形式になっているので元のグループから分かれて3人だけのグループとして信仰生活が始まりました。 KさんとHさんは、いつも色んな形で、私が霊的に成長できる様に主に祈り、行動してくださいました。そして解らないことも沢山質問して教えていただきました。 それでも私は神様であるイエス・キリストを実感できませんでした。 「共にいて下さるって?そんな曖昧でわからない」、「100%心を明け渡すなんて、なんか恐い」とか「私、本当にクリスチャンなんだろうか?」と思うくらい信じる事ができなかったのです。以前からKさんは、私がカルト宗教のエホバの証人であった事を心配してくださいました。ウイリアム・ウッド先生のエホバの証人に関する本などから学びをしたり、『マインド・コントロールされていた後遺症があるのでは?』と色々調べたりもしてくれました。私は正直、元エホバの証人であったことをあまり思い出したくなかったのですが、Kさんは事あるごとに聞いてきました。そして段々私は証人をしていた頃がすごく充実していて達成感もあって頑張れていた事を思い出し『あの頃はよかったな・・・』と未練がましく思っている自分がいました。でもそれは、回想程度でした。 ある日、Kさんからわざわざ、《Yさん、主が弱い貴女を受け入れてくれている事を解らなくした張本人がエホバの証人よ。まやかしの達成感や自分勝手な独自の教えを植えつけて、それを信仰だと教えているのよ。》 とメールが届き、いつも反論しなかった私も、なぜかその日は反論してイライラして、本音をぶつけていました。エホバの証人の伝道や振る舞いなどを肯定ばかりしている自分がいましたがそんな事は、気にも止めず、別に意識もしていませんでした。やがて私は神様にもはっきり本音を言える様になりました。 それから2010年12月19日のKさんの息子さんS君の洗礼式と礼拝で、自分の2年前の洗礼式を思い出していました。私がクリスチャンになっても、イエス様がわからなかったのは、なぜか分かりました。 そこで、初めて私にとってまだ、(『エホバが私の神様』だったんだ・・・)という事に気づかされました。そんな事は本当に意識していませんでした。 だけど実際は、私にとって過去の《栄光》だったエホバは今も私の心を支配していたのです。 これもカルトの後遺症だと初めて思いました。 洗礼式の後、交わりの時に「イエス・キリストが私の神です」と改めて信仰告白しました。 神様は必ず気づかせてくださいます。気づく時を待っておられます。 奇しくも私の洗礼式、2008年12月21日の2年後S君の洗礼式の時に教えてくださいました。「貴方の神は私なのですよ」と。 【イエスは彼に言われた。「私が道であり真理であり、命なのです。私を通してでなければ、誰一人父のみなもとに来る事はありません。」】 ヨハネ 14:6節