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(2014年12月20日放送)
特別オンエア中!
体験談『私が本当に捕われていたのは、エホバの証人ではなく…』

投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-11-18 18:17:44 (1159 ヒット)

白石先生のにこやかで温かい「おはようございます。お元気でしたか?」という声がけから、クラスが始まりました。今日の礼拝のメッセージはコリント人への手紙第一9章19節から、3つ点からパウロのスピリットを学びました。|に対しても自由になる。自由と言うのは優柔不断ということではなく、キリストにある解放された自由であり、それは、他人を尊敬し、人に仕える姿から生まれる。それはイエス・キリストがなさった姿であり、十字架の極みまで仕えられたキリストの姿である。何とかして何人かを救う。すべての人のためにすべてとなる、というパウロのスピリットは、キリストにある福音の大きさ、素晴らしさを手にしなければ、なすことができない。パウロが異邦人への伝道を始めたことは、キリストにある自由と解放の喜びの中で始められた。6Δ吠_擦侶辰澆砲△困る者となる。パウロは福音の素晴らしさ、喜びを経験し、この素晴らしい恵みをたとえ苦しみの中にあっても、他の人々に分け与えることをせざるをえなかったパウロの姿、神にある謙遜な姿を知ることができました。
午前の後半、午後のクラスにかけて、「人生の難題はこうして乗り越えよう」リック・ウォレン著の最終章を学びました。聖書のヨセフの生涯から、ヨセフの信仰を学びました。「ヨセフの秘訣は何だったのか」「逆境に対処する」「危機に乗り越える力を身につける」生きて働かれる神様は、実存であり、実際的である。人間の約束は守られないこともあるが、神様のみことばは、信じる者に与えられた、約束のことばであり、その約束を信じること、信仰を働かせることができることは幸いである。
元証人の方から、人間の自由意志で「ものみの塔」を選んだが、それが悪かったものであっても、神様はそのことを用いて、良いものへと変えてくださるということ学ぶことができたというコメントをいただいて、そのように受け取ることができることは、なんと幸いなことかと思わされました。
そののち、「人間関係」のテキストから「失感情症」「自分探しに逃げる若者」「アイデンティティーの大切さ」「恥意識と罪意識」学びをしました。
元証人のF姉が、JWのときに、自然に湧き上がってくる感情に対して、それが正しいか、間違っているか絶えず考えていて、どこか変だと思っても、そのような思考になっていた。
子どもたちにも、親として「それをしてもいいんだよ」と言えない結論をもっていて、湧き出てくる感情と、組織に教えられていることの狭間に葛藤していたことを話して下さった。今日はK姉の教会の兄が初めてきてくださった。また名古屋からF姉が来てくださり感謝でした。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-11-11 19:36:09 (864 ヒット)

今日は朝からかなり強い雨が降っていましたが、クラスの終わり頃には小雨になりました。
そのような中、今日もすばらしいクラスを持ちました。まず礼拝では、ヨハネ8:31-47より、「真理が自由を得させる」というテーマで、中澤牧師がお話くださいました。
一世紀のユダヤ人は、自分たちはアブラハムの子孫で、神の契約の民である、律法を守っているので神の子である、と信じていたのですが、そのような人々に向かってイエスは、「あなたがたは悪魔の子であって、罪の奴隷である。神の子になるには、イエスが説かれた神からの真理を知り、その真理の中に生きねばならない」と説かれた。これは当時のユダヤ人にとっては奇想天外の考えだった。私たちもイエスが教えた真理を通して自由を得る者になりたい、と思わされました。午前のクラスでは、地下鉄サリン事件の豊田被告と広瀬被告の上告棄却の判決(11月6日)についての解説があり、日本の裁判の世界では、マインド・コントロールという問題がどのように取り扱われているかを教えていただきました。
午後からは、N兄が、神奈川県相模原市の教会が協力し、行政や地域の方々を巻き込みながら行った、「星野富弘花の詩画展」の素晴らしいお証しをしてくださり、一同大変大きな励ましを受けました。そののち、「ものみの塔の源流を訪ねて」の書物から、ものみの塔の組織は、ラッセルがものみの塔のグループをスタートさせるにあたり、自分たちが神から直接導かれたかのような歴史に仕立て上げるため、どのような工夫をしているのかが明らかにされました。実際には、ラッセルはアドベンチストの指導者たちから大きな影響を受けていたにもかかわらず、組織は、ラッセルが神から直接立てられた器であるとの印象を与えようと躍起になっていることがわかりました。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-11-04 21:29:11 (1563 ヒット)

今日は秋晴れのすばらしい日、いつものように楽しいクラスがもたれました。
礼拝では、ヨハネ8:12-30より、「イエスはどのような方なのか」というメッセージがありました。ユダヤ人の「あなたはだれですか」という質問に対し、イエスは「それは初めからわたしがあなたがたに話そうとしていることです」と答えています(8:25)。イエスの説教、あるいは奇跡の目的は、ご自身がどのような方であるかを明らかにするものだったというのです。「イエスがどのような方なのか」、これこそ信仰の中心的テーマです。教理でも、倫理でも、組織でも、体験でもなく、キリストをどのような方と信じるかということに、信仰のすべてがかかっているわけです。とても面白い聖書の解釈がたくさん出てきますので、ぜひ音声のメッセージを聞いていただければと思います。
午前のクラスでは、N姉が、最近お兄さんが旅先で病に倒れたのですが、奇跡的に助けられ、回復されたというすばらしい経験をお証詞してくださいました。またM姉が、摂理の信仰に入っていたお嬢さんがその組織からいかに脱出し、いろいろな経過を経て、すばらしい結婚に至るまでの経緯をお証詞してくださいました。出席者一同、大きな感動に包まれました。
午後のクラスでは、ものみの塔の創設者ラッセルの生涯、特に生い立ちから少年、青年時代において、どのような宗教教育を受けていたのかが明らかにされました。ラッセルが青年時代に抱いた信仰の疑問点は(魂は不滅か、人は死後地獄の火の中で永遠に苦しむのかなど)、今日の、ものみの塔の信仰に大きく反映されていることが分かりました。本当によい学びのときでした。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-10-28 22:20:00 (1550 ヒット)

ひと月ぶりに春日部教会の白石多美出先生のクラスでした。いつもカウンセリングの学びを通して、心の交流をしているせいか、白石先生とお会いすると、不思議と心がホッとします。今日の礼拝は「エペソ人への手紙5章6節〜20節」から3つのポイントでメッセージを取り次いでくださいました。
〆戮く気を配って歩むことの大切さ。無神経であってはならない。(15節)良い意味で正しい状況を読む。相手がどういう状態かを思いやることが大切。
∋をよく用いなさい(16節)。時というギリシャ語は二種類ある。<カイロス>は神が救いの計画を定めた。もうひとつは<クロノス>一定の範囲。神が定めた時。時を有効に用いる。チャンスを生かす。チャンスがどうかを日ごろの学びや失敗から学ぶことの大切さを教えてくださいました。意味があると感じることができると、待つことができるとのお話になるほど思いました。
主のみこころが何であるかを悟りなさい。(17節)悟るとは「つまびやかに知る。くわしく知る。」主のみこころを知るには、(イ)主のみことばに聴くこと。(ロ)祈ること。自分ではすぐに分からなくても、後から主のみこころのうちに歩ませてくださったことを知って感謝することができる。すべてのことに感謝することは生きる力となることを教えてくださいました。
午前のクラスは、「人生の難題はこうして乗り越えよう!」(リック・ウォレン著)の第11章から学びました。孤独であるにも関わらず、自分でそれを認識できない。自分が今どのような状況であるか客観的に認識できることは幸いであること、人は心を開ける人の中で安心を感じることを学びました。苦境の中であっても乗り越えることができるのは、信仰の恵みである。どのようなときにも神がともにおられ、神からの平安が与えられるのだから、そのことを信じて感謝することの大切さを思わされました。午後からは、書籍の続きと、「人間関係について」のレポートを学びました。逆境の中でも希望がもてるのは、信仰の恵みであり、信仰は実態がある。単なる思い込みではなく、今も生きておられる神が、これからどのように神が解決して下さるのかと思え、考えることができるのは、信仰者の特権との話がされました。出席されていた青年から「自分は信仰をもってはいけないような気持ちがしていたが、話を聞いていたら、信仰をもっている人がうらやましいなという気がしてきた」と感想を語ってくださったことが心に残りました。今週も平山先生がクラスにいらしてくださって、教会の現場でのカウンセリングの様子やご自身の経験から、楽しいトークを笑いありでお聞きでき感謝でした。本音で話し合えるのは白石先生のクラスならではの、恵みであり、いつも心のうちが温かいものでいっぱいになって帰宅できることは、ほんとうに嬉しく感謝です。白石先生ありがとうございました。これからも先生のご健康が守られ、お働きの上に主の祝福が豊かにありますように、心からお祈りいたします。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-10-21 20:06:46 (1517 ヒット)

今日は、秋晴れのすばらしいお天気に恵まれ、新しい方々も加えられ、大ぜいの方々がクラスに参加してくださいました。
礼拝では、フイリピ1:3-6から、クリスチャンは他の人、クリスチャンの群れや教会の過去、現在、未来に対し、どのような考え方をして生きていくべきかという点を学びました。パウロはフィリピの教会に対し、過去についてはよい点を取り上げて感謝していました。現在については、直面しているいろいろな問題に対し、喜びをもって祈りました。そして未来については、すべてのことを始めてくださった神が、キリストの再臨の日までに完成してくださると信じていました。
このパウロの生き方こそ、私たちの模範だと教えられました。
引き続きの午前のクラスでは、現在所沢で開拓伝道をされている平山先生が証詞をしてくださいました。キリストに出会うまでの波乱万丈の歩みは、まさに笑いあり、涙ありで、感動的なひと時でした。
午後のクラスでは、ラッセルの生涯の本から、預言が成就しなかったとき、その預言を信じていた人々がどのような経過をたどったの
か、という事柄を学びました。ものみの塔は普通、異端のセブンスデーという教派から生まれたと言われるのだが、厳密にいうとそれは少々違う、ということが良くわかりました。
その後現役のエホバの証人N姉から、「ものみの塔誌」と今夏の大会で配布された「使徒の働き」の解説書を通し、統治体が一世紀から存在していたこと、その統治体には絶対的に服従していくべきだと強調されている事実を知らされまた学びました。
なお、中澤先生は、先週JWTCが終わってからアメリカのミネソタ州、イリノイ州に向かい、昨夜遅く帰宅されたそうです。そして今日はクラスが終わると直ぐシンガポールに向かわれました。お元気でご奉仕くださったことに感謝するとともに、先生のご健康のために心からお祈りしていきたいと思います。


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